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2009年1月
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リップスティック
定義
唇に色をつける化粧品。紅花などの天然色素、または着色料を油成分に溶き、型に入れて成型。それをスティック状の容器に入れたもの。赤、ピンク、ベージュ系など、さまざまな色みに大別される。
歴史
1870年、ゲランから筒型の容器に口紅を収めた、ヌ ムーブリエ パが発売。上流階級の人を中心に人気を集めた。スティック状の口紅が一般市民に広まったといわれるのが1924年。「小さなバッグに入れて持ち歩けるように」とココ・シャネルが提案し、スティック形状の口紅、ルージュ ア レーヴルが発売された。リップスティックの登場により、口紅の携帯が一般的に。*A5  一方、日本では、リップメイクが注目されはじめた1929年に、資生堂最古の棒状口紅、ルーヂチックが発売された。当時、パッケージが金色という高貴なビジュアルと、携帯しやすい形状で話題を集めた。さらに、国内化粧品メーカーからも伊勢半やオペラなどスティック状の口紅が立て続けに発売され、1930年代頃には、口紅=スティック状というイメージが一般化。
キーワード「流行色」
戦前、国内の90%以上を占めていた口紅は、見た目は黄みがかったオレンジだけれど、唇の水分に反応して薄いピンクになる“ツートン”またはツヤのないピンクに発色する“変色紅”で、濃い色の口紅は出回っていなかった。終戦を迎え、アメリカ文化がメイクにも大きな影響を及ぼし、真っ赤な口紅を唇の輪郭を少しオーバーして、ベッタリと塗る女性が急増した。

1950年代末、パール剤の開発を機に、従来、顔色を悪く見せると避けられていた淡い色も健康的に見せられるようになり、口紅の色のバリエーションが一気に広がった。1959年には、外資系化粧品メーカーとアパレル会社、雑誌社などが連動して行ったピンクのキャンペーンをきっかけに、ピンクブームが到来。
1966年、コーセーは、当時、誰もが憧れたツイギーやハーフモデルのような外国人顔に近づくトータルメイク『クッキールック』(上の写真を参照)を提案。ヌードカラーの口紅を発表し、世に衝撃を与えた。*A4「まだ日本には、赤とピンクの口紅しかなく、ツイギーのような目を強調する濃厚なアイメイクに濃い口紅という恐ろしいメイク、もしくは、若々しいミニスカートファッションに身を包みながらも、白く塗った肌に赤い口紅をつけた、ひと昔前のメイクというアンバランスな人が続出! 当時、コーセーで開発を担当していた私は、濃厚なアイメイクとバランスがとりやすいヌードカラーの口紅の必要性を訴え、商品化しました」と、美容研究歴53年のキャリアを誇る小林照子さん。
キャンペーンポスターを印刷した印刷所が、「唇がベージュのはずがない」と、赤を足してしまったとか。
結果、カウンターに行列ができるほどの超大ヒットになった。翌1967年には、日焼け肌が大流行。1968年、口紅は、ヌードカラーから、日焼けした黒い肌によく映える蛍光カラーというローズピンクに人気が移行した。

1970年代、雑誌『JJ』創刊号のメイク特集が提案した、自分の顔を活かしたナチュラルメイクが大ブームに。口紅もブラウンなど、ナチュラルカラーが流行した。*A2

1980年代は、パールピンクと赤が人気を二分した時代。小林さんによれば、「サーファーメイクブームが起こり、ブルーのアイシャドウと強いパールピンクの口紅というメイクを誰もがしていました。1980年代初頭にはハマトラファッション族にも人気が浸透。一方で、ピンクハウス、コム・デ・ギャルソンなど個性的なDCブランドの洋服を好む人の間では、赤い口紅が支持され、流行色は完全に二極化していました」。1987年のマドンナの来日と、1988年の今井美樹を起用した資生堂のプロモーション『イマイのレッド』の影響で、赤が大流行。パールピンクブームは急激に勢いを弱めた。*A1
その後、フューシャピンクという青みがかった鮮やかなローズピンクが一世を風靡したのが1990年代はじめ。「場所を選ばない色」と言われ、OLからボディコンギャルまでこぞってフューシャピンクを愛用。1993年頃には、OLを中心に、ピンクベージュやローズベージュなど、おとなしい色を好む傾向になった。「バブルが崩壊して経済が厳しくなった時代。世相が口紅の色にも現れたのでは」と小林さんは分析。1990年代半ばには、スーパーモデル人気により、ナオミ・キャンベルをまねたベージュリップ旋風が巻き起こる。
第7回美ィキ検定の正解はこちら
ランコム クレ ド コケット。パッケージは、熟練工芸家の作品を採用し、宝飾品工場で製作。
2000年代は、“デカ目”ブームによって、目を大きく見せる濃いアイメイクをする人が急増した。口紅は、濃いアイメイクと相性の良いベージュや淡いピンクが主流に。その後、口紅の色は多様化。「おのおのが服やライフスタイルに合わせて口紅の色を選ぶ時代に。さらに2000年以降はグロスブームに押され、口紅の人気は一気に下降しちゃって……。けれど2008年秋冬の新色では各メーカーが軒並み深みのある濃い赤を発売し、口紅ブームの再燃を実感しました」(小林さん)。
名品年表
1924年 シャネル ルージュ ア レーヴル(日本上陸は1978年。現在はイドゥラバーズ)●このシリーズの19番は1990年代のフューシャピンクブームを牽引した。

1946年 キスミー 特殊口紅●鉱物性の油が主流だった時代に、植物性油脂を使用し、人気を集めた。

1951年 ランコム クレ ド コケット●宝飾品のような贅沢な容器が当時の女性のニーズと合い、大ヒット。*A6

1978年 カネボウ リップスティック●口紅の中心をくりぬいた部分に、唇ケア用の保湿リップを組み込んだ斬新な形状とみずみずしい質感が話題を呼んだ。

1984年 カネボウ レディエイティ BIO リップスティック●オーガニックコスメの先駆けとなる。

1985年 M・A・C リップスティック●ベージュカラーの“シス”は、現在も人気 No.1を独走。

1987年 ディオール ルージュ ア レーヴル●フューシャピンク“475”を指名買いする人が店頭に殺到。

1995年 資生堂 レシェンテ デュアルリッチルージュ●落ちない口紅としてヒットした前作、同 パーフェクトルージュ Nに、潤い効果をプラスし、人気沸騰。

1996年 カネボウ テスティモII スーパーリップ●CMに出演した木村拓哉が放つ「スーパーリップで攻めてこい」というフレーズが追い風となり、一世を風靡。

1997年 コーセー ドゥ・セーズ ルージュフリーディス●口紅の色番“303”をダイレクトにキャッチコピーにした印象的な広告が話題になり、人気を集めた。

2000年 エスティ ローダー ピュア カラー クリスタル シアー リップスティック●みずみずしい質感とピュアな発色がうけ、4ヵ月以上、売り切れ状態に。

2000年 マックス ファクター リップフィニティ●落とすまで落ちないという持続力で爆発的ヒット。*A3

2001年 ディオール ルージュ ディオール アディクト●銃弾のようなクールなパッケージで大ヒット。

2005年 資生堂 ピエヌ リップネオ●ダイヤルを回すと先端からニュ~ッと柔らかい質感の口紅が出てくる斬新な形状で話題となり、驚異的な売れ行きを記録。
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関連項目
グロス、リップブラシ、頬紅、ココ・シャネル
※次回のテーマは「香水」です。
左、ディオール ルージュ ディオール アディクト。口紅人気を再燃させた。右、カネボウ レディエイティ BIO リップスティック。イメージモデルに松田聖子を起用した。

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