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美ィキペディア
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2008年11月
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ハイライト部分をヒントに検定に挑戦しよう!正解はページの最後をご覧ください。
びはく  
定義
美白とは、日焼けの影響などによって濃く色づいた肌を本来持っている肌の色・明るさに戻すことを意味する。アプローチ方法としては、シミやソバカスの改善と肌のくすみを取り除くことが主。また白さの妨げになる日焼けを防ぐ紫外線防止ケアも広い意味では、美白と捉えられる。ファンデーションやパウダーを塗ることは異義とされていたが、最近では、美白成分が配合された製品も多いため、広義では美白という見解もある。
また美白は、一度望む白さを手に入れても、それで解決という結果には至らない。「私たちが美白のケアとしてアプローチしている皮下組織は、厚さ3mmに満たない極薄なものであり、私たちが生きている以上、シミ・ソバカスの原因と深く関係するターンオーバー(細胞が生まれ、肌の表面にまで押し上げられ剥がれ落ちるまでの肌の新陳代謝現象。健康な肌は、28日間でこの一連の流れが行われる)*A2とメラニン色素の産生は止まることがないので、白さを求めるならば、美白ケアには終わりがくることはなく、一生追求しなければならないものなのです」と美白治療にくわしい、山手皮フ科クリニック院長の豊福一朋先生。
事件
★江戸時代白粉に鉛粉を混ぜる方法が大流行。人気役者が鉛の害によって死にかけたにもかかわらず、*A3それでも「美白効果が高くなる」という理由で鉛入りの白粉が使い続けられたというから、並々ならぬ、美白への執着心を感じる。
★1980年代、歌手のマイケル・ジャクソンの肌が白くなっていく様子がゴシップ誌などで話題に。彼が使用した美白成分が世界中の注目を集めた。
★1990年代後半、顔を浅黒く焼いた“ガングロギャル”ブームの中、まっ白のファンデーションを塗って、テレビ撮影の際には、強力なライトを当て、強烈な白さをアピールした鈴木その子が“美白の女王”として一躍有名に。某バラエティ番組では、ガングロギャルを白塗りにするという変身企画で美白の魅力を訴え、ガングロ一辺倒だった女子高生の間に、美白派が急増した。
歴史  
★平安時代
984年、現存する日本最古の医学書『医心方』に記された“色をよくする方”では、肌を白くする具体的な方法が紹介され、これが平安時代の美白に関する最古の記述と言われる。*A1その中に出てくる肌の理想像には、いきいきと光り輝く肌、ふくよかでキメの細かい肌、顔色が悪く濁らず、シミのない肌、潤いとツヤのある肌とあり、ただ白ければいいというわけではなく、総合的な美肌が求められていたことがうかがえる。また『紫式部日記』にも、「中高き顔して、色のああい白きなど、人にすぐれたり」(鼻が高く肌の白い美人)など、平安時代には、肌の白さが美人の必須条件という表現が多く残されている。その後、鎌倉・室町時代は戦乱の世であったため、肌や美容への意識を控えなくてはならなくなったようで、美容に関する書物も少ない。

★江戸時代
江戸時代になると、美白文化が一般的に。「おそらく日本髪を結うようになって、顔や衿足、胸元が目立つようになり、町民の間でも色白が美しいという考えになったのだと思います」とポーラ文化研究所の津田紀代さん。先にも紹介した江戸時代の美容本『都風俗化粧伝』の巻頭には、生まれつきの美人は少ない。化粧の仕方やケアによって美人に導くべし。中でも美白ケアは第一! 色白肌は七難隠すと記され、“顔面の部”では、パックや洗顔料の作り方など、11種類もの美白術が掲載。

★明治時代
紫外線防止の研究が進んだ時代。1894年、日新館薬房が日本最古の美白化粧品とも言われる、肉体色白剤を発売。1886年に出版された『西洋束髪秘伝付化粧秘伝』では、海水浴による日焼けの改善法が掲載されている。

★大正時代
白くなるためには肌のことを顧みなかった時代。1917年には漂白をするという考え方で作られた資生堂、過酸化水素キューカンバーが発売。「つけているうちに知らぬ間に白くなる」というキャッチコピーが話題を集め、大ヒット。翌年、同シリーズのクリームも発売された。

★昭和時代
化粧水、クリーム、日焼け止めなどが続々発売され、美白コスメの進化とともに、“素肌美”を意識しはじめる。アプローチの方法も化粧品でのケア、マッサージ、食事改善など、美白の方法が多様化。1950年代には日焼け止めの発売ラッシュが続いた。1966年には、前田美波里が小麦色に焼けた肌を大胆に露出した資生堂ビューティケイクのポスターをきっかけに、日焼け肌がトレンドに。1970年代あたりからは、紫外線の悪影響が話題にあがるようになり、色白肌ブームが復活。1980年には、日焼け止めのSPF表示が開始。化粧品各社がこぞって美白成分を配合した“医薬部外品”の美白製品を発売。*A41995年には、コギャルの教祖、安室奈美恵の影響により、浅黒い肌が注目され、“ガングロ”ブームに。これがエスカレートして、まっ黒に焼いた肌に、派手なヘアカラーの“マンバギャル”が登場。しかし2000年以降、日焼け肌の人気は低迷し、それ以降、美白ブームが続く。
『医心方』に記された、美白術の一例。「みかんの皮、冬瓜の種、桃の花を刻んで、一日3回酒で服用すれば、1ヵ月で効果がわかる」
図版提供:ポーラ文化研究所
1818年頃に発売された白粉“美艶仙女香(びえんせんじょこう)”。肌に塗れば白さが際立ち、パックに混ぜれば美白効果が高いと評判になり当時一番のヒット商品に。
図版提供:ポーラ文化研究所
『都風俗化粧伝』の顔面の部には、「しわをのばす」などエイジングケア的な表現が加わり、平安時代より質の高い肌を目指していたことがわかる。
図版提供:ポーラ文化研究所
1907年には『明治の美人選び』というミスコンが行われ、色が白く“まるぽちゃ”美人のこの女性が3位に。その後、初の読者モデルとして活躍。
図版提供:ポーラ文化研究所
第2回美ィキ検定の正解はこちら
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美白成分  
美白成分とは、「メラニンの生成を抑制」、「表皮ターンオーバーを促進させてメラニン色素の排出を促す」効果がある成分のこと。その美白成分の中でも、厚生労働省が美白の効果・効能を認定した“医薬部外品”の美白成分は、以下のように増加していった。
1988年 ビタミンC誘導体
1989年 アルブチン
1997年 エラグ酸
1998年 ルシノール
2000年 ハイドロキノン
2002年 トラネキサム酸
2004年 4MSK
2004年 エナジーシグナルAMP
2005年 マグノリグナン

「某大手化粧品会社では、クリニックで治療に使う薬に近い確実な効果を発揮する美白成分の開発が進んでいるとのこと。ここ数年の間に、この歴史に新たな大型美白成分が加わることでしょう。そして、ハイドロキノンは、2001年の薬事法改正により化粧品への配合が許可された美白成分ですが、医療の現場では1990年頃から積極的に使われていたものです。よく『肌が部分的に白くなりませんか?』と聞かれますが、これはマイケル・ジャクソンが使っていた成分がハイドロキノンだったという噂のせいだと推測します。しかし、それはハイドロキノン モノベンジル エーテルというまったく違うもの。現在、化粧品や治療に使われているハイドロキノンでは、肌が白抜き状態になることは、ありません」と豊福先生。
美白の天敵
紫外線には、UVA波、UVB波があり、A波は真皮にまで届き、コラーゲンをつくる細胞自体を傷つけ、シワやたるみ、毛穴拡大の原因に。B波は、表皮に影響を及ぼし、メラニン色素を活性化して、日焼けやシミ、ソバカスの原因に。*A5A波を防ぐ効果を+で表したものがPA、紫外線B波を防ぐ効果を数値で表したものがSPF。SPFとは、紫外線防止効果の持続時間を表すもの。紫外線が肌に当たってから日焼け症状が出るまでの時間が約20分と考えられ、これにSPFの数値をかけた数字が、効果が持続する時間の目安となる(例:SPF30の場合は、20分×30=600分の効果が期待できる)。日本においてのSPFの最高数値は50+、PAの最高ランクは+++。紫外線を防ぐ成分を塗らなかった場合、わずか数秒程度で、表皮で100万個、真皮で5~10万個のDNAに傷がつくという研究結果も。「最近では、紫外線を浴びた後に免疫力が低下するという点に着目し、免疫力の低下を防ぐ効果も持つサンスクリーンの研究・開発が進んでいます。SPF・PA以外に、新たな“免疫力低下の防止力”の表記が加わる日は、まもなく訪れるのではないでしょうか」(豊福先生)
キーワード
シミ
シミやソバカスは、肌や身体を紫外線から守る上で必要不可欠なメラニン色素が、長時間紫外線に当たることによって、皮膚の表皮細胞が光老化し、メラニン色素が過剰につくられてしまい、肌に蓄積された状態。肝斑もシミの一種。改善策は、「まず食事・睡眠などのバランスがとれた生活と、正しいスキンケアでターンオーバーの乱れを整えること。肌が正常化した状態になってから美白化粧品を使うとより効果的です。また、生理の1週間前から生理が終わるまでは、シミをできやすくする黄体ホルモンの分泌が増える時期なので、普段以上に紫外線ケアをきっちり行い、未来のシミを防ぐことも重要です。とにかく早く消したいというシミには、レーザーやピーリングなど美容皮膚科での治療がおすすめ」(豊福先生)
くすみ
くすみとは、ターンオーバーの乱れによって、角質がスムーズに剥がれずに肌の表面に溜まって透明感がなくなった状態。角質除去作用のあるフルーツ酸やグリコール酸入りの化粧品で、肥厚化した角質を取り除くケアが有効。*A6「それでも改善されない場合は、美容皮膚科でのピーリング治療も改善への近道。シミ同様、規則正しい生活、ストレスを溜め込まないことも大事です」(豊福先生)
美白コスメ名品年表
1966年 カネボウ化粧品 ソワドレーヌ ビューティCパウダー 日本初の医薬部外品。従来の過酸化水素による酸化漂白にかわり、肌に負担をかけない還元美白による美白製品となる。

1974年 アルビオン 薬用スキンコンディショナー エッセンシャル 肌の調子をトータルケアするローションながら、美白効果を絶賛する声が多く、発売から34年たった現在も大人気。

1985年 コーセー 薬用 雪肌精 毎日のケアで古い角質を取り除き、くすみを一掃する即効性と手軽さがうけ、ロングセラーに。

1986年 エスティ ローダー スイス ホワイトニング プログラム 外資系では国内初の美白化粧品。当時、日焼け肌=リッチと捉えていた本社に日本人の美白肌信仰をとことん訴え、開発に至る。化粧水、クリーム、マスクともに大ヒット。

1998年 ポーラ ホワイト ショット メラニン生成の根本原因の働きを阻害する美白成分“ルシノール”を発見。累計売り上げ320万本を超える。

1998年 カネボウ化粧品 ブランシール ホワイトニング クリアコンディショナー 配合された保湿成分“火棘”の実の色のイメージから“赤い美白水”という愛称を持つ。発売半年で100万本突破。2003年 マックス ファクター SK-Ⅱ ホワイトニングソース 驚異的な美白力が評価され、さまざまな雑誌の“ベストコスメ”大賞を総なめに。

2005年 資生堂 HAKU メラノフォーカス シミの微弱炎症状態を改善して、シミを改善に導く美白成分“m-トラネキサム酸”を配合。美白効果の高さで7割以上のリピート率を誇る。

※ここに記載されたものはごく一部です。
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